池上 啓介 准教授らの研究グループが、夜に眼圧が上がる新たな仕組みを発見しました
交感神経が眼の「排水口」の掃除機能を弱める分子RHOBを誘導 緑内障の時間医療につながる可能性
ポイント
- 夜間に眼圧が上がる仕組みとして、交感神経の信号であるノルアドレナリンに着目
- ノルアドレナリンが、眼の排水口にあたる線維柱帯でRHOBという分子を増やすことを発見
- RHOBは線維柱帯細胞の「掃除機能」を弱め、眼内の水の排出を妨げる可能性
- マウスではRHO/ROCK阻害薬の点眼により、夜間の眼圧上昇を抑制
- 緑内障治療薬を投与する時間帯を最適化する時間医療や、新規標的探索に期待
概要
眼圧は、緑内障(※1)の発症や進行に関わる最も重要な危険因子です。眼圧は1日の中で変動し、ヒトでもマウスでも夜間に高くなることが知られています。しかし、眼の中の水である房水(※2)の排出が夜間の眼圧上昇につながる詳しい分子機構は十分に分かっていませんでした。
九州大学大学院農学研究院の池上 啓介 准教授らの研究グループは、愛知医科大学在籍時から進めてきた研究により、交感神経から放出されるノルアドレナリン(※3)が、眼の排水口にあたる線維柱帯(※4)で小型Gタンパク質RHOB(※5)を増やすことを明らかにしました。RHOBが増えると、線維柱帯細胞が老廃物などを取り込んで処理する「掃除機能」である貪食(※6)が弱まり、房水の排出が低下する可能性があります(図1)。
研究グループは、ノルアドレナリンで刺激したマウスの眼とヒト線維柱帯細胞を比較し、共通して増加する遺伝子の中からRHOBに着目し、ノルアドレナリンがcAMP-CREB経路(※7)を介してRHOBの発現を高めることを示しました。さらに、RHOBを欠損させた線維柱帯細胞では貪食が高まり、過剰に働かせると貪食や房水排出を模した透過性が低下しました。マウスでは、RHO/ROCK経路(※8)を阻害する点眼により、夜間眼圧上昇やノルアドレナリンによる眼圧上昇が抑えられました(図1)。
本研究は、夜間の眼圧上昇を「交感神経―RHOB―線維柱帯の掃除機能」という新しい観点から説明するものです。将来的には、緑内障治療薬の投与時刻を最適化する時間医療や、RHOBを標的とする新しい眼圧リズム制御法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、Springer Natureが刊行する国際学術誌「Communications Biology」に2026年7月16日(木)(日本時間)オンラインにて先行公開済みです。
研究者からひとこと
眼圧は1日の中で大きく変わります。今回、夜間に眼圧が上がる仕組みとして、交感神経が眼の排水経路の細胞機能を変える分子経路を見いだしました。緑内障の発症・進行リスクを時間軸で理解し、より適切な治療時間の提案につなげたいと考えています。(池上啓介)
用語解説
(※1)緑内障
視神経が障害され、視野が徐々に失われる病気。眼圧上昇は最も重要な危険因子であり、眼圧を下げる治療が中心となる。
(※2)房水
眼の中を満たす透明な液体。毛様体で作られ、線維柱帯などから排出される。房水の産生と排出のバランスが眼圧を決める。
(※3)ノルアドレナリン
交感神経から放出される神経伝達物質。覚醒、心拍、血圧などの調節に関わる。本研究では、夜間の眼圧上昇を伝える信号として働く。
(※4)線維柱帯
眼の中の房水が排出される主要な経路にある組織。眼圧調節に重要で、緑内障治療の標的組織の一つ。
(※5)RHOB
細胞内で信号を切り替える小型Gタンパク質の一つ。細胞の形、接着、動き、物質の取り込みなどに関わる。本研究では線維柱帯細胞の貪食を抑える分子として同定された。
(※6)貪食
細胞が周囲の微粒子や老廃物を取り込んで処理する働き。線維柱帯では、房水の排出経路を保つ「掃除機能」と考えられる。
(※7)cAMP-CREB経路
細胞外からの刺激を細胞内の遺伝子発現へ伝える代表的な信号経路。cAMPが増えるとCREBという転写因子が働き、特定の遺伝子の発現を変える。本研究はRHOBの新規発現制御機構の解明でもある。
(※8)RHO/ROCK経路
細胞の形や硬さ、収縮、接着などを調節する信号経路。ROCK阻害薬は眼圧を下げる緑内障治療薬として利用されている。通常のタンパク質活性化ではなく発現上昇が本研究の鍵である。
論文情報
掲載誌:Communications Biology
タイトル:Norepinephrine-induced small GTPase RHOB mediates nocturnal intraocular pressure rise in mice
著者名:Keisuke Ikegami, Takumi Takahashi, Yuto Katamoto, Atsuro Oishi, Akihide Yoshimi, Miki Nagase, Atsuya Miki, Shinobu Yasuo, Satoru Masubuchi
DOI:10.1038/s42003-026-10710-1
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