北岡 卓也 教授らの研究グループが、木のナノファイバーの構造制御により、ヒト歯髄幹細胞の培養に成功しました。
〜樹木由来のセルロースナノファイバーで目指す歯の再生医療〜
ポイント
- 歯髄幹細胞※1 を用いる歯の再生医療が注目されているが、象牙質の再生足場は動物由来成分や自家歯材に依存
- 樹木由来のセルロースナノファイバー(Cellulose nanofiber: CNF, ※2)の表面リン酸化により、ヒトの細胞外マトリックス(Extracellular matrix: ECM, ※3)の形状と特性を模倣した細胞培養基材の開発に成功
- リン酸基量依存的な幹細胞増殖挙動や、分化誘導因子を外添せずに硬組織分化を惹起できることから、歯の再生医療に向けた新規医用モダリティとしての効果・効能に期待
概要
人生100年時代の健康寿命に直結するう蝕治療において、「歯の再生治療」が注目を集めています。従来法のう蝕部位の充填療法に代わる根本的な治療法として、乳歯・智歯から低侵襲的に入手可能な歯髄幹細胞を用いる画期的な方法ですが、再生の足場としてヒト以外の動物コラーゲンや自家歯材を使うなど、多くの課題があります。
今回、樹木由来CNFの表面特異的にリン酸基を導入することで、ヒト歯髄幹細胞の培養に成功し、さらに、外来の分化誘導因子を加えることなく硬組織への分化を達成しました。
国立大学法人九州大学大学院生物資源環境科学府の岩﨑瑛大氏(修士課程2年)、劉啓美氏(2023年修士修了)、大学院農学研究院の畠山真由美助教、北岡卓也教授、九州歯科大学の折本愛助教、および岩手大学の福田智一教授らの共同研究グループは、木とヒトに共通するナノ構造である「ナノファイバー形状」と「規則的な多糖界面構造」に着目し、本来細胞接着能力を全く持たない樹木由来のCNFに、結晶構造を保ったまま、バイオミネラリゼーションの足場としてリン酸基を導入することで、すぐれた細胞接着・培養特性と硬組織への分化誘導が惹起される現象を発見しました。
今回の発見は、ヒト歯髄幹細胞を用いる歯科治療の可能性を広げるとともに、幹細胞培養基材の新規モダリティとして、天然多糖ナノファイバーからのバイオマテリアル開発に役立つと期待されます。
本研究成果はエルゼビア社の学術雑誌「Carbohydrate Polymers」に2025年4月12日(土)に掲載されました。
研究者からひとこと

本研究は、馴染みの深い樹木から得られるCNFが、歯の組織にある幹細胞の接着や分化を促進できることを発見したものです。研究を通して、天然多糖の新たな可能性だけではなく、研究の難しさや楽しさを学ぶことができました。今後も材料・細胞分野の研究に携わり飛躍したいと考えています。(修士課程2年 岩﨑瑛大)
用語解説
(※1) 歯髄幹細胞
一般的に「歯の神経」と呼ばれる歯髄の中にある幹細胞で、採取が比較的容易で増殖力が強く、ガン化しにくいなどの特徴から、再生医療用の細胞源として期待されている。
(※2) セルロースナノファイバー(CNF)
樹木や草などの植物の主要成分であるセルロースを、ナノ(1ナノは10億分の1)メートルサイズまで微細化した天然ナノ素材。
(※3) 細胞外マトリックス(ECM)
動物細胞の隙間を埋めているタンパク質や多糖類からなる複合体で、細胞の増殖・分化・形質制御に深く関与している。植物細胞壁も「植物の細胞外マトリックス」として、多様な生理機能を担っている。
論文情報
掲載誌:Carbohydrate Polymers
タイトル:Proliferation and differentiation of human dental pulp stem cells on phosphorylated cellulose nanofiber scaffolds
著者名:Akihiro Iwasaki, Mayumi Hatakeyama, Qimei Liu, Ai Orimoto, Tomokazu Fukuda, Takuya Kitaoka
DOI:10.1016/j.carbpol.2025.123593
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